2005年11月30日 (水)
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ひとつの解決は次の問題の提起となる
彼は、はるばる遠い地に来て、どんな気持ちで暮らしていたのだろう? 仕事に出た時は、キチンとまじめに働いていたらしい. まじめゆえに、あるいは、まじめ過ぎてまわりとあまりなじめなかったのか? そんな、孤独ゆえの寂しさが、彼の心をねじ曲げたのか?
広島の人は、言葉がキツイけん、最初は怖く感じるものよのー.
と、関東からはるばる広島に来た私は思う. 広島人は排他的だと言う評価を読んだ事もある.
もっと広げると、日本人全体が、異質なるモノを容易に受け入れない島国根性的な部分もある.と思う.
別に、容疑者をかばうためにこんな事書いているわけではない. ただ、安易に外国人は怖いとか、やっぱりよそ者は信頼できないとか考えない方が良いのではないかと思ったので、こんな事を書いてるのです.
私も、ここでは、よそ者です. 言葉が通じるので、まだなんとかなっていますが、心が弱っている時は、いろんな事考えちゃって、一歩間違えたら危ないと感じ事もあったので、彼がどんな気持ちで暮らしてて、どうしてそんな事までしちゃったのか、心の変化に興味があると共に、周囲の人々の対応次第で、彼の心を救えなかったのだろうかと思ったのです.
寂しさゆえに、ある一線を越えちゃう事. 有ってはならない事ですが、そうならないように、心の弱っている人を助けてあげる事を考えていきたいものです.
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